クラウドソーシング業界の大きな変化と減益の理由:クラウドワークスの投資戦略を分析
はじめに:クラウドソーシング市場が迎えた大きな転換点
日本の新しい働き方を支えてきたクラウドソーシング業界が、今、とても大きな変化の時期を迎えています。
その象徴ともいえるのが、業界最大手である株式会社クラウドワークスの2026年9月期第1四半期の決算発表です。
発表されたデータによると、売上高は55億6000万円と前年と比べて大きな変化はありません。
しかし、営業利益は5400万円で前年比84.4%減、純利益は700万円で95.6%減という驚きの数字となりました。
一見すると業績が急激に悪化したように見えますが、その裏側には深い理由があります。
それは「第3創業期」と位置づけた大規模な改革や、将来のための先行投資、そして生成AIの普及による環境の変化です。
これまでの単純な作業のマッチングから、より高度な課題解決を行う場所へと進化しようとしています。
この記事では、クラウドワークスの最新決算をもとに、以下のポイントを詳しく解説します。
- 多額の利益を削ってまで進める戦略的投資の中身
- 生成AIが今の事業に与えている本当の影響
- 税金や会計上のルールによる特殊な減益の理由
- ライバルであるランサーズとの戦略の違い
これは単なる一企業の分析ではなく、日本のデジタル労働市場の未来を知るための大切な事例となります。
2026年9月期決算の分析:利益が大きく減った数字の背景
2026年2月に公表された決算の内容は、多くの投資家や関係者に驚きを与えました。
売上は維持できているのに利益だけが極端に減ったのは、コストの使い方が大きく変わったことを意味します。
【2026年9月期 第1四半期の実績】
| 指標 | 実績値 | 前年同期比 |
| 売上高 | 55.6億円 | 1.0%減 |
| 営業利益 | 5,400万円 | 84.4%減 |
| 経常利益 | 7,400万円 | 78.7%減 |
| 四半期純利益 | 700万円 | 95.6%減 |
売上の減少はわずかですが、利益は9割近くも減っています。
この大きな差が生まれた一番の原因は、中期経営計画に基づいた攻めの投資を行っているからです。
特に、DX(デジタルトランスフォーメーション)を支援する事業を作るための採用コストがかかっています。
また、AI技術をシステムに取り入れるための開発費や、組織を新しくするための費用も重なりました。
純利益が95.6%も減ったことについては、後で詳しく説明する税金の仕組みや、過去に買収した会社の価値を見直した損失も関係しています。
つまり、今の減益は「将来もっと成長するために、あえて今の利益を投資に回している」という状態です。
目先の利益よりも、数年後の企業価値を高めることを優先する経営陣の強い意志が感じられます。
戦略的投資の全貌:25.5億円を投じる新しいビジネス領域
クラウドワークスが過去最高の利益を出した後に、これほど大胆な投資を決めたのには理由があります。
最大25.5億円という予算は、単に今の仕事を増やすためではなく、ビジネスの形そのものを変えるためのものです。
具体的には、これまでの「人と仕事をつなぐだけ」のモデルから「企業の課題を解決する」モデルへの転換を目指しています。
中小企業のDXを支える新しい仕組み
今、日本の中小企業ではIT化(DX)が急務ですが、専門のコンサルタントを雇うには高い費用がかかります。
クラウドワークスはこの課題に注目し、以下の3つの戦略を進めています。
- プロとフリーランスの力を合わせる:元大手のコンサルタントが計画を立て、実際の作業はスキルの高いフリーランスが担当することで、低コストで高品質な支援を行います。
- AIと人の力を組み合わせる:AIが下書きを作り、最後は人間が丁寧に仕上げるという、新しい効率的な仕事の進め方を提案しています。
- データで業務を改善する:自社のツールを使って顧客の仕事量を分析し、データに基づいた最適なアドバイスを行います。
これらを実現するためには、コンサルタントやAIに詳しいエンジニアをたくさん採用しなければなりません。
そのための人件費が増えたことが、今の減益につながっています。
同社はこれを、将来の利益を大きく伸ばすための「屈伸運動」のような準備期間だと説明しています。
本社移転と組織への投資
さらに、麻布台ヒルズへの本社移転も大きな投資の一つです。
移転にはたくさんのお金がかかりますが、その目的は社員同士のコミュニケーションを活発にすることにあります。
AIが普及する時代だからこそ、対面で話し合って新しいアイデアを生み出す場所の価値が高まると考えているからです。
生成AIがもたらした衝撃:仕事の需要はどう変わったのか
クラウドソーシングの利益が減った理由を語る上で、生成AIの影響は無視できません。
ChatGPTなどの登場により、これまで人間がインターネット経由で受けていた仕事の価値が変わってしまいました。
AIによって減ってしまった仕事
クラウドワークスも、AIの普及が一部の事業にとって「逆風」になっていることを認めています。
- 記事の作成(ライティング):簡単な紹介文や検索対策の記事は、AIが自動で作るケースが増えました。
- 翻訳の仕事:日常的な内容やマニュアルなどは、AI翻訳の精度が上がり、人間への依頼が少なくなっています。
- 事務や調べ物:データの入力や情報の収集も、AIを使って自分たちで終わらせる企業が増えています。
これらの仕事は、以前はたくさんの取引がありましたが、AIに取って代わられたことで全体の利益を押し下げる要因となりました。
新しく生まれている仕事のニーズ
一方で、AI時代だからこそ生まれている新しい需要もあります。
ライバルのランサーズが行った調査では、面白い変化が見られました。
- AIが作ったものの仕上げ:AIが作った画像や文章を、プロが手直しして完成させる仕事が増えています。
- 専門性の高い分野:建築の図面作成や製造の設計など、AIではまだ難しい専門知識が必要な仕事は需要が伸びています。
このように、誰でもできる単純な作業は減り、プロとしての「品質保証」や「高度な判断」が求められるようになっています。
会計と仕組みの理由:数字の裏にある特殊な事情
利益が激減したように見える背景には、事業の調子とは関係のない「会計上のルール」も大きく関わっています。
税金の支払いが通常に戻ったこと
純利益が極端に減った最大の理由は、実は「税金」です。
これまでは過去の赤字があったため、税金の支払いが免除されたり安くなったりしていました。
しかし、業績が安定して赤字分を使い切ったため、2025年からは通常の税率で支払うことになりました。
- 以前の税率:約10%
- 現在の税率:約32%
税率が3倍近くになったため、手元に残る利益が大幅に減ったように見えますが、これは会社として一人前になった証拠でもあります。
過去の買収に伴う損失の処理
また、コロナ禍の時期に買収したグループ会社の価値を見直し、13.2億円の損失を計上しました。
当時はリモートワークが盛んでしたが、現在はオフィスに出社する流れに戻っています。
その影響で一部の子会社の収益が予想を下回ったため、将来のリスクを早めに処理することに決めたのです。
これは「負の遺産の整理」であり、将来の経営を身軽にするための前向きな判断といえます。
ライバル企業との比較:ランサーズの「AI活用」戦略
クラウドワークスの状況をより深く理解するために、競合のランサーズの動きも見てみましょう。
ランサーズもAIの変化を危機と捉えていますが、アプローチの仕方が少し違います。
ランサーズが進める「AX(AI変革)」
ランサーズは、会社全体を「AIを活用する集団」に変える戦略をとっています。
- 社内のAI化:自社の業務をAIで効率化し、少ない人数で大きな利益を出せる体制を作っています。
- AIサービスの提供:企業がAIを使いこなせるように支援する専用の窓口を作りました。
クラウドワークスが「赤字を出してでも大規模な投資」をしているのに対し、ランサーズは「利益を出しながら着実に変化」することを目指しています。
この経営判断の差が、両社の決算の数字の違いとして現れています。
市場を取り巻く「2026年問題」の正体
クラウドソーシング業界には、今二つの大きな課題が迫っています。
専門家を確保するのが難しくなる問題
日本全体で働く人が減っているため、スキルの高いフリーランスを確保するのが難しくなっています。
専門的な案件が増える中で、優秀な人材をプラットフォームにつなぎ止めておくためのコストが上がっています。
AIが学習するデータの不足
「2026年までに、AIが学習するための質の高い文章がインターネット上からなくなる」という予測があります。
AIが作った不正確な情報が増えすぎると、AI自体の性能が落ちてしまうリスクがあります。
そうなると、逆に「人間が作った正確で高品質なデータ」の価値が再び上がることになります。
クラウドワークスが「人間による仕上げ」を大切にしているのは、この未来を見越しているからかもしれません。
株主への還元方針とこれからの期待
大きな減益の発表を受けて、クラウドワークスの株価は一時的に下がりました。
また、これまで行っていた株主優待を廃止し、そのお金もすべて事業の投資に回すことを決めました。
短期的にお得な特典を出すよりも、会社を成長させて株の価値を上げるほうが、長い目で見れば株主のためになると判断したのです。
投資家の間では「今は我慢の時だが、将来に期待できる」という声と「結果が出るまで不安だ」という声の両方が出ています。
結論:今の減益は「新しいステージ」へ進むための準備
ここまで見てきたように、クラウドソーシング業界の減益には複雑な理由が絡み合っています。
特にクラウドワークスの大幅な利益減少は、決して失敗によるものではありません。
- 将来のための先行投資:DXやAIの分野で勝つための準備費用。
- 時代の変化への対応:AIにはできない「高度な仕事」へのシフト。
- 会計上の手続き:税率の変化や過去の損失をきれいに整理したこと。
2026年9月期は、次の大きな飛躍のために一度深く身をかがめる「屈伸」の期間です。
AIが当たり前になる時代に、クラウドソーシングが単なる仲介役を超えて、企業のパートナーになれるかどうかが鍵となります。
今の減益は、古いモデルを捨てて新しい秩序を作るための「入場料」のようなものです。
これから数年かけて、この投資がどれだけの利益になって戻ってくるのか、その実行力が注目されています。
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